保管だな

ワクチン禍

昭和47年、予防接種を受けた62名が原告となって国を訴えた裁判がワクチン禍として後々様々な形で議論を呼んでいるのですが、こちらは国の指導によって予防接種を受けたものの、その副作用によって病気にかかってしまい、障害の状態となってしまったり脂肪する事になってしまったのです。
予防接種を受けるのは行政指導、つまりは義務だったのですが、義務で受けたものによって自分の子供を失う事になってしまった親が原告として国を訴えたのです。
この裁判で特に問題とされたのが、確かに死亡者も出てしまったのですが、医師の責任がどこまであるのかという点です。

責任問題

医師とすれば、こちらも行政指導ですから行わなければならないものでした。
その際、適切な説明や処理を行ったのか。

裁判の争点はそこでした。遺族感情もごもっともではあるのですが、裁判でとなると感情論ではなく、どこに過失があるのかを冷静に話し合わなければなりません。
遺族側としては理屈をこねていないで賠償しろと思った事でしょうが、裁判の場合一度判決を下してしまうとそれが「判例」となり、後の裁判にも影響を及ぼす事になってしまいます。
近年でこそ医療裁判で医師や行政側が敗北する事も珍しくなくなっているのですが、当時はまだまだ医者は「聖域」と言っても良い崇高な存在で、裁判を仕掛けられる事は世間にも大きな衝撃を与えたものでした。

裁判の結果はと言えば、一応は原告側の勝利という形ではあったものの、原告側が求めていたような医師や行政の謝罪といった事はなく、金額に関しても死亡者が出たものの、遺族に関しては弁護士費用と慰謝料800万円。
当時の水準としては決して低くはないのかもしれませんが、子供を失ったにしては少なすぎるとの報道もあったようです。
ですがこの裁判は思わぬ所で影響を与えているのです。

後世への影響

それは、法律関係の勉強の際、この事件の裁判がテーマになる事が多いのです。
国家賠償法ですとか、未必の過失等、法律問題にはうってつけの事が多々含まれているため、問題になりやすいのです。
まさか原告側も自分たちの裁判がそのような形で活用される事になるとは思ってもいないとは思いますが、後世にまで影響を与える事になったという点ではとても大きな裁判だったと言えるでしょう。

また、この事件を契機に様々な事が見直されるようにもなりました。
予防接種もただ受ければ良いものではなく、医師としてもただ受けさせれば良いものではなく、説明を行ったり、事故になりそうな事があれば未然に防ぐよう務めるなど、医師側に意識改革とまではいいませんが、患者と向き合う上でどのような事が求められているのかを考え直す契機になりました。
いろいろなジャンルに影響を与えた裁判です。