薬品

イレッサ

肺がんに対する治療薬として用いられたイレッサ錠だったのですが、副作用によって死亡してしまった患者の遺族が国と製薬会社相手に2004年に起こした訴訟が「イレッサ訴訟」です。
当時、肺がんはガン種別の中でもトップとなっており、内科医の中にはどうにもならないと匙を投げる者もいたほど。
薬が弱かった事もあり、肺がん治療の決定打ともなる物がなかったのです。

イレッサの登場

そこで登場したのがイレッサです。
臨床試験に於いても死亡例はあるものの、国内では133人中3人、治験外に於いても296人で2人、海外の事例を含めても1万人で10例前後と、死亡率そのものは決して高いものではありませんでした。

そのため、マスコミからは「夢の薬」「肺がんの決定打」などと持ち上げられる事も多かったのです。
そして2002年7月に承認されて発売開始となりました。

海外ではまだ承認されていないものの、日本で新薬承認を受けました。
副作用がないと報道された事や服用も内服薬でしたから簡単だったため、抗がん剤の専門医ではない一般開業医や歯科医まで盛んに利用するようになり、本来であれば適用対象とならないような患者にまで投与されるなど、いわば「ブーム」のような状態となってしまったのです。
ですがマスコミ報道とは裏腹に、販売開始から厚生労働省には副作用が相次いで報告され、製薬会社からは死亡例が11、医療機関からは2も出される事になり、結局2006年までの累計となると643人の死亡が確認されるほどになってしまいました。
2004年に患者遺族が製薬会社と国に対して、それぞれ製造物責任法と国家賠償法に基づく責任を問う裁判を起こす事になりました。
原告側は早期解決を求めていたので地裁に和解勧告を求め地裁も和解を勧告したものの、国、そして製薬会社は和解を拒否する事になりました。

判決はシビアです

2011年に判決が下されたのは、製薬会社の責任は一部認めるものの、国の責任は認めないとのものでした。国としてはしっかりと責任を果たしているとの事。
ですがこの裁判は高等裁判所にまでもつれ、高等裁判所のはんけつでは製薬会社、国の両方の賠償責任を認めないとの判決を下す事になりました。

また、この裁判は大阪と東京の双方で行われていたのですが、双方共に原告の上告を却下。
つまりは国と製薬会社には責任はないとの判決が下される事になったのです。

この裁判は様々な意見が出てきました。
裁判の結果は原告敗訴になるのですが、国や製薬会社の過失だとする意見もあれば、そんな事はないとする意見もありました。
それだけ抗ガン治療が難しいもので、どこに責任の所在を求めるのかもまた、難しいものだという事実だけがはっきりした裁判だったとする声もあるほどです。