ジフテリア

京都と島根で起きたジフテリア予防接種禍事件が起きたのは1948年。
この年、「予防接種法」が制定された事により、予防接種は希望者だけが受けるものではなく、国民の義務になりました。

検査をすり抜けてしまった

それに先駆け、10月から11月にかけて、ジフテリアの予防接種が京都で行われたのですが、ワクチンの製造過程おけるミスのおかげで一部ワクチンがジフテリア毒素が残ったままの状態となってしまったのです。
しかもそれがなぜか国による検査をすり抜けてしまったがために、京都では68人、更には後に島根でも16人が死亡する事になってしまったのです。

被害者だけで言えば1,000人に及ぶもので、世界史上最悪の予防接種事故とまで言われているのです。
まだまだ戦後間もない頃の事件で、日本がまだまだGHQの統治下にあった事なども影響していたとも言われているのですが、この事件は日本の今後を占う意味でもとても大きな事件となってしまいました。
時代背景が異なる点もありますが、京都で事件となってしまってから島根でも同じように予防接種を受けさせているのです。

時代もあります

現代であればすぐに異変と言う情報が伝達するのでこのようなケースはそうそうないとは思いますが、更には早い段階で行政側が察知しており、裁判になったら負けるのが明白だからこそ安い慰謝料で話を打ったのです。
さらにはこの事件に関しては世界最大の予防接種事故でありながら後世にはあまり伝えられていない点。

仮にですが、ここでしっかりとした「反省」を行う事が出来ていれば、以降起きる医療事故の多くを未然に防ぐ事が出来たかもしれません。
ですがうやむやにし、さらには安い手打ち金で話をまとめる事が出来てしまったので、そのような「前例」を作る事にもなってしまったのです。

つまり、医療事故が起きたら隠ぺいする。
この事件は1948年に起きた医療事件なのですが、調べれば調べるほどに、薬害エイズですとか他の隠ぺいされようとした医療事故に似ている部分があるのです。

日本のスタンダード

行政側は責任を認めず、製薬メーカーに責任を押し付ける形で、さらには証拠となるようなものは隠蔽する。
ジフテリア事件でそれが成功してしまったがために、後々に起きる医療事故ではこの時の「成功例」を元に、わざわざ患者に対して情報公開するでもなく、隠し通せば良いといった風潮が生まれてしまったとも言われています。

事件が起きてから半世紀以上が経過しているのですが、それでもまだまだこの事件を風化させないために活動している人もいるほど。
まだまだ戦後の混乱期であったとはいえ、行政が国民の事をどのように思っているのかを垣間見る事が出来る医療事故として、本来であればもっともっと大々的に報道されなければならない事件とも言われています。